ポロロッカの卵

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【Twitter小説】6月21日に大地震が来る

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※この物語はフィクションです。しかし題材として実際に起こった地震とそれにまつわる話題を使っています。

※この物語は恐怖を増幅させる目的ではなく、恐怖を吐露することは恥ずかしいことではないこと、予言の実現云々に関わらず 来るかもしれない大地震に備えることは何にも代え難く大切だということを伝える目的です。もし地震の嫌な思い出を思い出してしまうかもしれない方は閲覧をご遠慮ください。





6月21日に大地震が来る


 2018年6月18日7時58分、最大震度6弱の大地震が近畿地方を襲った。


 震源地は大阪北部で、京都南部に住んでいる僕のアパートもそれなりに揺れた。冷蔵庫や額に入れたMARVELのポスターがみんな揃って10度ほどずつズレたのを見て、「家賃4万円でアパートの4階」という当時は魅力的だった売り文句が不安の煽り文句に見えて仕方がない。

 「地震はTwitter集合の合図」とはよく耳にする言葉だが、実際にはそんな心の余裕はない。頭をぬいぐるみで抑えながら家族と彼女に連絡をして安否を確認し、テレビ(この時ぐらいしか観ないNHK)を付けてひと通りの情報を入手してから、ようやく平常を取り戻す。そしてTwitterに集合する。

『揺れた』
『やば』
『揺れてない?!』
『え』
『結構揺れたやん』
『こわすぎ』

 呟きとは名ばかり、普段は推敲に推敲を重ねられたゴテゴテの文章が乱立するタイムラインが、ここぞとばかりに本来の姿を取り戻す。しかし5回ほど指でスクロールしたぐらいから、

『地球のアラームで起きたンゴけど、スヌーズ機能はいらんゾォ〜』
『俺チャリ下手になったんなぁ思ってたら地震やったんか』
『初期微動継続時間ほぼなかったしここ震源ちゃうん?!』

などといった、いわゆる自己顕示欲を満たすためのネタツイートが現れ始めた。そして一斉に集合したフォロワーの「いいね」をかっさらっていく。

「ふん」

 呑気なもんだ、という嘲笑を込めた鼻息をひとつ大げさに吐き、僕は再度NHKに目をやる。しかし特に目新しい情報もなく、報道フロアのアナウンサーが被っているヘルメットがまん丸ではなくいびつな形をしているのを見るでもなく眺めていた。





 あれから1日、余震が続いた。

 喉を鳴らす猫の背中に乗っている小人が感じる程度の揺れだが、それでも揺れは揺れだ。1日5回ほど、何の前触れもなしに地面が動く。いや、これが前触れなのかもしれない。そう考えて余計怖くなる。

 実家にいる両親は地震への不安もつかの間、もうすっかり可愛い孫(僕の姉が先月産んだ第一子だ)の動画を家族LINEに投稿する。前日の「地震揺れたけどみんな大丈夫?」という僕の発言はモロー反射している赤ん坊の動画に取って代わられた。絵に描いたような平和だ。

 おそらくこんな感じで、世間もあの恐怖を忘れていくのだろうな。しかしそれは嘆くことではない。むしろそうやって強く生きていくことの方が尊い。そう思って僕はLINEをタスクキルし、Twitterを開いた。

 予想とは違う景色が広がっていた。


「有名予言者が2018年6月21日にマグニチュード10.6の大地震が日本で起こると予言」

 どうやら過去の大災害や大事件を的確に予言したという者が、今度は6月21日に日本で起こる大地震を予言したらしい。正しくは過去にしていた予言が今になって注目を浴び始めたといったところだ。

 そのツイートは不安を煽られた者に一気に拡散され、1日前の呟きなのに既に1万RT(リツイート)を超えていた。いわゆるバズってるツイートだ。

 そのツイートへのリプ欄(返信欄)には数百ものリプライが付き、その内容は

『東日本大震災も熊本地震もこのくらいの地震の2日後ぐらいに本震きたやろ? ほんで6月21日ってこないだの地震からちょうど2, 3日後じゃね? こわ』

といった予言を信じて恐れる者の書き込みと、

『断層地震だから関係ないと思うんやが。 地震とか出たのをいいことにさらに不安を煽るようなホラを吹くな(半ギレ)』

といった予言を信じる者を批判する書き込みの2種類に完全二分化されていた。しかし「不安を煽るな」という主張に賛同した者が次第に増えていき、その日の夕方にはTwitterはその2派閥による論争の場として変わり果てていた。



 メディアはいい話題を見つけたと言わんばかりにその論争を取り上げ、たくさんの評論家や有識者が各々のコメントを次々と発表した。

 その中で、普段から敵を多く生む物言いに定評のある評論家Mがインタビューで寄せたコメントが波紋を呼んだ。

『6月21日に(大地震が)来るという予言は予言に過ぎない。しかしその予言者の経歴を見るに、ただの1国民がする予言より遥かに信憑性高いものだ。だから今は論争を繰り広げるのではなく、来るかもしれない大地震に備えて準備をするべきだ』

 このコメント自体は特に問題点のないように見えるが、それを取り上げたとあるメディアの記事、そのタイトルである

「評論家M『6月21日に必ず大地震が起こる! 信じない愚民は全員備えずして死ね!』」

が一人歩きし、評論家Mの株とともに「6月21日に大地震が起こる」派を一気に劣勢に追い込む結果となった。





 日が明けて6月20日。授業を取ってなくて全休の日。そして予言によるとXデー前日がやって来たわけだが、Twitterでは

『明日大地震とかまだ信じてる奴おんの?w』
『作ってた避難バッグ解体したけどこんな大荷物持って逃げようとしてたワイあほすぎ』
『今日から学校再開や〜もうお祭り騒ぎもオワオワリでぇ〜す (笑)』

という声がタイムラインを埋めていた。もうしばらくは余震も起きていないし (起きていたとしても気づかない程度のものだし) 、テレビ画面の左側と下側の地震情報のテロップももう流れていないし、どちらかといえば北上して来た台風6号による大雨洪水警報が話題の目となっていた。

「日本の縮図って感じだな、こりゃ」

 話題の変遷の速さに論点をずらして小馬鹿にするぐらいしか今の僕にできることはなかった。正直、まだ明日大地震が来ることを半分以上信じているし、しかしその不安を吐露できるほどタイムラインは親切なものではなかった。



 ギシギシッ

 揺れたのはその瞬間だった。

 僕は必要以上に怯えぬいぐるみをたぐり寄せたが、しかしそうこうしている間に揺れは収まった。

 テレビの速報がヒルナンデスのクイズコーナーの字幕に重なって表示されたが、どうやら最大震度3、そして僕の住んでるところに至っては表示されなかった。それほど小さな揺れということだ。どうやら考えすぎて大袈裟に感じてしまっていたらしい。

『余震がまた来た。数字以上に大きく感じたし、明日を生き抜く自信がない』

 僕はとにかく気持ちの捌け口を見つけたくて、無意識のうちに特に推敲もせずツイートしていた。まさに「呟き」だった。

 1分も経たないうちに、Twitterアイコンの右上に赤い通知バッヂが付いた。同じクラスのユウスケからのリプだった。

『いやお前ビビりすぎw てか明日の予言もホラやしな、来てもしょぼいやつやろw』

 舌打ちした。そしてユウスケをブロックした。

 何を大袈裟な、と思われるかもしれないが、今の僕の精神状況に彼は毒だった。この行動は20%の苛立ちと80%の自衛によるものだった。何事もなく6月22日を迎えられたらブロックも解除しよう、それまではあまり彼と関わりたくないし、なんなら彼以外の6月21日デマ派の呟きも見たくない。そう思い、僕はタイムラインを遡りながら自分と異なる考えのツイートをしているフォロワーを次々とブロックした。

「自己防衛だ、これは」

 自分に言い聞かせるように呟きながら (この「呟く」は実際に小声でひとり言を言う意味としての呟く) 、僕は指をスクロールさせ目を張り巡らせた。

 大体ブロックし終えた頃、なんだか僕の気持ちはやけにスッキリしていた。テレビではつるの剛士が電子レンジを欲しがっていた。そう、これでいいんだ。



 その数分後、気疲れからか寝てしまった。今日がなんの予定もない日でよかった、と起きてから思ったが、この台風の中出て行かなくてはいけないのはそれはそれで嫌だよな、と口角を上げた。夜には過ぎ去るらしいけど。

 そういえば昼、何も食べていなかったなぁなんて思いながらパスタを茹でた。正しくは専用容器にパスタと水と塩を入れて電子レンジで13分温めたのだが、出来上がったそれは茹で上がったパスタに他ならなかった。電子レンジは偉大だ、つるの剛士が欲しがるのも頷ける。

 早々に明太子パスタを食べ終え、YouTubeを観て時間を溶かした。目も疲れ、何をしようかすこし悩んだ後、避難バッグを作ることにした。

 Tシャツ2枚と薄いジャージの上下とフェイスタオル。さらにスマホのポータブル充電器なども詰め込んで、すぐに持ち出せるように2Lの麦茶の保管場所も確認した。ポータブル充電器への充電は満たされてたっけな。一度取り出して充電器に挿して、そのままベランダに出た。もう雨は止んでいる。



 Xデーの明日、大地震は来るのだろうか。起きてほしくないな。

 まだ見つかっていない星ですら見えていそうな澄み切った星空を見上げて、僕はどうしようもないことを祈った。








〜おわり〜



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